優しい胸に抱かれて

 持ったままの自分の携帯には、島野さんからの着信が4件入っていた。どうやら、私の戻りが遅いのに苛立った島野さんにより捜索願が出されていたらしい。

「…あぁ、はいはい。連れて戻る」

 携帯をシャツの胸ポケットにしまい込むと、不機嫌そうな眼差しで見下ろされる。

「林たちが待ってると。オフィスの真ん中で油売ってんじゃねぇよ。お前が絡むとほんと面倒せぇ」
 
「…日下さん、油は売ってません」

「告られてて、売ってませんって、もうちょいマシな言い訳しろよ。フラフラしてんじゃねぇって、鈍くせぇんだよ」

「え! ちょっと、紗希。どこの誰よ?」

 日下さんが変なこと言うから、カウンター越しでよっしーが身を乗り出した。


「知らない人…、商品部の人かも」

「知らないって、どんな奴よ?」

「優しそうだった…」

「はあ? ちょっと紗希、変な奴に騙されんじゃないわよ!」

「まあ、吉平がそう言うのもわからなくはねぇな。これだから単細胞は…。着信音に気づきもしねぇで、優しさに心が動かされそうになったんじゃねぇのかよ」

「…島野さんが怒ってるから早く戻らないと。よっしー、野村さんの机に書類置いてあるの、もし会ったら伝えておいて。じゃあまたね」

「何、その不自然な棒読み。ちょ、紗希!?」

 よっしーの呼び止める声と日下さんの的を得るような鋭い視線を背け、そそくさとその場を離れた。


「下手くそな芝居しやがって。図星か?」

 後を着いて歩く日下さんは、決めつけるように言って私を追い越した。

「あの人を忘れさせてあげるって言ったんです…」

「…まさか、付き合うとかねぇだろうな?」

 振り向いて意外だと言いたげな、驚いたような目つきをした。初めて見る日下さんの焦りにも似た表情に、発した言葉は弱々しく口から出ていく。

「そんなに、意外ですか? 誰か別の人と付き合うの…」