優しい胸に抱かれて

 ガラスのパーティションの向こう側。一課の上席4席には誰もいなかった。

「佐々木さん、離してください。一課に名刺置いて来なきゃ…、このチャンスは逃してはいけないんですっ」

「あ?」

 佐々木さんから逃れ小走りで、一課と二課を繋ぐ入り口へと体を滑らした。

 4年前にパーティションが張り替えられてから、フロアに出ることなく行き来出来るようになって見渡せるのは便利なんだけれど、今はその便利さが息苦しい。


「島野さんのちょうど後ろに当たるのが畑山さんだから…」

 ここが彼の席だ。良かった、日下さんの後ろだ。背中しか見えない。胸をなで下ろしたのも束の間、箱の中から探し出し手に取った名刺に目が奪われる。 


「邪魔、しなくて良かった…」


[店舗デザイン事業部 施工管理一課 
 課長代理 建築デザイナー
 工藤 紘平

 一級建築士
 一級施工管理技師
 インテリアプランナー]
 

「建築デザイナー…、資格が増えてる」


 追いつこうって頑張っても、追いつけないんだ。腕を伸ばしてもこの人の背中には絶対に届かない。


 部長はこれを見せつけたかったのか。それとも、私の名刺だけが抜かれていることを見せしめたかったのだろうか。



「柏木っ! 名刺配るのに何時間掛かるんだ。ちょっとこっち手伝え、名刺配るだけなのにトロいぞ!」

 島野さんの叫び声を背中で受けると、そっと机の上に手にした名刺を置いた。各々の机に配り役目を終え、ムッとしながら自分の島に戻る。

「何時間も掛かってませんっ」

 よせばいいのに島野さんにそう口答えして、すぐに後悔する。3対1では負け同然だ。

「その顔で怒っても説得力ないからやめろ。こら、わかったか?」

「早く運ぶの片付け手伝え」

「ゴミ捨てとけ」

「はい…」

 仕事道具を移動させたり、引き出しの中の物を箱に詰めたり。それまで使っていた席から、一切合切取り除く。こうして荷物を運ぶ係を請け負ったのだが。


 私の席は今と変わらず同じ場所。