優しい胸に抱かれて

 蹴ったことによって車体が小さく揺れたような錯覚。車の持ち主が顔を歪めて大きく口を開いた。 

「今、車揺れたじゃん! よっしー、こわっ。暴力反対」

「うるさいわね、朝から嫌な顔見ちゃった」

 腰に手を当て立ちはだかるよっしーの脇から顔を出し、車内を覗く。髪をカットしたらしくさっぱりした髪型は好印象を与える。

「平っち、おはよ」

 にかっと笑った平っちは軽く手を挙げると、これまた軽く「おっはー」と、挨拶を重ねた。
 
「挨拶まで軽いのよ」

 と、もう一度蹴って睨む。車の中で何か叫んでいるが全て無視し「軽い男が大音量で音楽流すな! しかも女の子が好きそうなJ-POPばっかり!」などと外からも叫び声が上がる。


「停まんなきゃよかった、こうなったら逃げるしかないじゃんか。じゃ、またあとで」

「こらっ、逃げるな!」

 会社へと逃げていく車に手を振っていると、よっしーは隣に並ぶ。


「なーんか、平っちと絡むの久々かも。最近、真面目に締め守ってるからログ確認しなくなっちゃったし。合コンは相変わらずみたいだけど、あいつも大人になったってことなのかな。つまんなーい」
  
「どこが? 十分、楽しそうだよ? よっしーはいつも楽しそうで羨ましい」

 人目気にせず大きな声で笑って叫んで、言いたいこと言って、楽しんで。よっしーらしいよ。


「そう? みんなは落ち着け、年考えろ、大人げないって口揃えて言うんだよね」

「え…、うちの部署みんな大人げない人ばっかだと思う」

 特に、島野さんかな。いや、部長もあれで大人げないのかもしれない。


「それって本音で接してるってことでしょ? いつも本気っていうか、全力っていうのかな。あの人たちは自販機のジュース選びも、本気で選びそうな感じがするわ。だから、紗希が羨ましいのかなー…」

「いつだって本気…」

 どこかで聞いたような一言を言葉に出す。そして、どこが本気だったんだろうと、小さく口を動かした。


「どうかした?」

「…本音だとしたら私、ひどいことばっかり言われてない…?」 

「ちょっと、今更? 冗談だと思ってたの?」

「あはは、そこまで鈍くないよ」

「本気かと思ったじゃない!」

 開けた通用口のずっと向こうまで、よっしーの笑い声がケラケラと響いた。