優しい胸に抱かれて

「ウザかったのかな…」

「何が? 紗希はウザいんじゃなくて鈍いの」

 声とともに背後から抱きつかれ、驚きで肩を跳ね上がらせた。


「わっ。よっしーっ! びっくりしたっ」

「おはよー」

 振り返らなくても驚かしたよっしーは私の前にぴょんと一歩飛んで来た。背後を気にしながらそのまま後ろ歩きをし始めて、それにならうかのように着いて歩く。


「ぶつぶつ言いながら危ない人だなーって思ったら、紗希だったから安心した。ウザいとか馬鹿だからとか、間抜けだとか。その自虐っぽい独り言ヤバいよ? 紗希は鈍くて頑固なだけだもん」

「え、そんなに大きな声出してた?」

「引くくらいにね」

「それは重症だね…」

 他人事みたいに呟いた私を見て、大きく口を開け笑うよっしーに、同じように笑ったあとぽつりと問いかける。


「よっしーは大人に憧れてたでしょ? いざ大人になってどう?」

「…んー。上司の機嫌伺って、言いたいこと飲み込んで、思ったことを口にすれば空気読めないとか痛い奴とか言われるんだよ。大して出来もしない奴がいきなり偉くなったら、ふんぞり返って天狗になっちゃってんの。大人なんかくそくらえって感じ」

 よっしーは身振り手振りを加えながら、最後には握りこぶしを振り回した。

「あはは、よっしーらしいね」

「店舗さんはいいよね、みんな仲いい部署じゃない。他の部署でそんなに仲良しな部署ないよ? 幸せ者の紗希が羨ましい」

「うん、そうかも。私は幸せ者。よっしー大好き」

 抱き着いた私に、よっしーも抱き締め返す。


 よっしー。だけどね、幸せに浮かれていたらダメなんだよ。



 歩道の真ん中、朝っぱらから抱き合う私たちの横に黒いハイブリッドカーが停まる。静音とは言えないくらいの大ボリュームで鳴る流行りの音楽。重低音を響かすウーハーの振動がこちらにまで伝わってきた。


「女同士で気持ち悪い」

 車内から声が聞こえ、互いの背中に回した腕を振りほどき、ボリュームが小さくなった車に目を合わせた。よっしーは目を吊り上げ形相を変えると、タイヤを蹴った。