優しい胸に抱かれて


前に、日下さんと休憩室でひょんなことから、結婚相手に望む条件を語った時。結婚なんて意識していなかったし、まさかその立場になるなんて思いもしなかった。


いつか必ず家族になろう。


実際のところ実感が沸かなかった。考えたこともなかった。


きっと私たちらしく、ゆっくりと時間を掛けてひしひしと沸いてくるものなんだと、思っていた。


私の作ったナポリタンを彼が食べる。彼の作ったオムライスを私が食べて。

彼の運転する車でドライブに出掛け、ハンドルを握る彼の横顔をこっそり眺めて。

彼の優しい胸に身体を預け、力強い腕の中に抱き込まれ、セドラの香りに包まれて。

家まで送ってもらって、私は急ぎ足で部屋の中に入り電気を点ける。窓の外で走り去る彼の車を見送って。

時々、綾子さんが田舎から飛び出して来て、偏った食生活の私たちに体に優しい和食を提供してくれて。

仕事では怒られながらも、みんなに追いつこうと、少しでもみんなの役に立つように頑張って。

彼は建築デザイナー。私はインテリアデザイナーとして。彼がデザインした店舗に私が設計したインテリアを提供する。

その頃には綾子さん夫婦みたいに、喧嘩して言い合ったり、ムキになっって焦ったり、言い訳したりしているだろう。


そんな日々を幾度と繰り返して。ゆっくり、ゆっくりと幾つか色づく季節を感じながら。


いつかきっと、そんな日が来るだろう。


そう、思っていた。


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 彼は私に、たくさんの喜びを教えてくれた。

 仕事が難しくて楽しいってこと。笑えばもっと、楽しくなるってこと。

 人を好きになるって、楽しくて、嬉しくて、恥ずかしくて、時には淋しくて、苦しいってことも。

 好きな人と一緒に過ごせる時間が幸せだってこと。 


 地下鉄大通駅で降りた私は、乗り換えずに改札を抜けた。向かう場所は手芸店、サワイクラフト。[なぽり]のコースターを作る材料調達のため。

 明日は日曜日。帰ってから、すぐ取りかかればたくさん出来上がるだろう。[なぽり]にコースターを提供できるのは、これが最後だ。