優しい胸に抱かれて

 日下さんが冷やかしと例えるのは間違いじゃない。冷やかしがてら心配して偵察しに行っていたのだろう。顔は怖くてやたらと厳しい部長だが、やり方はどうであれ部下の私たちを心配してくれているのだ。それに応えようと、みんな真剣に向き合っている。

「精神的に参っている時に手を差し伸べてくれて、理解してくれる人なんだ。着いていこうと思える、そういう上司は世の中に少ないんじゃないか。まあ、たまに地の底に落とされる時もあるけどな。それだって、期待されてるからだと、必要とされているんだって思えば苦でもない」


 島野さんの言う様に、私はそんな部長から地の底に叩き落とされたのだ。期待とか必要とかそんな希望を含む要素は一切ない。ただ、まだまだ甘い、まだまだ弱いと示されているだけだ。
 

 きっと、私の試練はがむしゃらに働いて忘れようとした彼のいなかった2年じゃなく、彼のいる今なんだと痛切に感じている。

 出向に行った全員がそれなりの役職に昇格している。結果論かもしれないが出向と出世は比例していたってことになる。全く考えていないと言っていた彼が出向に行った。彼自信の意志で決めたことだった。

 最後の最後で邪魔をしたくなかったから、私は泣けなかった。


 邪魔しないようにと思うだけで、彼の心の支えにはなっていなかった。助けられてばかりいて、与えられるばかりで、彼の事を知った気になっていただけで、心の中には触れられていなかったんだろうって。

 何も話してくれなかったことがその答えだとしたら、理解できなかったことをいつまでも後悔して、やるせない思いが心にのしかかってくる。

 短く断片的な夢のように過去の光景が浮かび意識に入り込み、その情景が展開されると余韻にしっかりと溺れた後、消えていく。これが試練なのだとしたら、乗り越える日はきっと来ない。