優しい胸に抱かれて

「島野さんのところはどうだったんですか?」

 昨年の春まで3年間出向に行っていた島野さんが、ディスプレイから顔を出す。

「俺も真逆で最後まで馴染めなかったな。俺の場合はここで7年やってからだったから特にな。東京の設計事務所で、大きくもなければ人数も少ないってのに、建築士同志が足の引っ張り合いで常に人間関係がギスギスしてたな」

「俺はそっちが良かった。煎餅食って茶飲んで張り合いなさ過ぎ」

 どちらかといったらアットホームな方がいいに決まっている。島野さんを羨ましがる日下さんは小さく舌打ちをした。

「俺は寧ろアットホームな方が良かったな。でもな、俺は嫁さんが一番大変な時にいてやれなかったから、あそこで良かったのかもしれないな。嫁さんには電話で泣かれるわ、離婚するって喚かれるわ。精神的に相当くるぞ。盆と正月はこっちで過ごしたけど、その度に東京には戻りたくないって悶々としたっけな」

 島野さんは出向を決断したのと同時期に奥さんのお腹の中には新しい命が宿っていた。出向を断ろうとすごく悩んでいたのは覚えている。それがちょうど4年前。

「おかげで家族やここのみんなのありがたみが解るんだからな。家族がいて支え合うのが当たり前、助け合うのが当たり前。環境が変わるだけで当たり前だったことが特別だと思えるんだ」

「とか言ってっけど、飲みに行く度に辞めるって騒いでたじゃねぇか」

「お前だって騒いでただろうが。まあ、辞めなかったのは責任だな。もっと力付けたいってのもあったが、やっぱり家族を養っていくためだろ」

 島野さんは東京、日下さんは横浜。近場にいれば飲みに行く機会もあったのか、アルコールの力とはいえ2人が辞めたいと、はけ口にするくらい過酷な状況下だったのだろう。


「連絡はまめに取ってたんだ。ここにいなくともみんなの努力に頑張り具合だとか、ここの情報は入ってくる。部長は年に2回様子見に来てくれてたしな」

「部長が?」

「俺んとこにも冷やかしに来てたな」