『ん…? ああ、春先のやつ? 全然そんな。お金なんて気にしないでよ、忘れてたくらいなんだから。使っちゃっていいわよ』
『ありがとうございます、本当にすみません』
『それより座ったら?』
隣を空けてくれて座るよう促される。
『さきちゃんのさきはどんな字書くの?』
そう聞かれ、再び社員証を出し見せた。名前と部署、社名の入ったそれを見た綾子さんは一瞬、目を大きくさせたように見えた。
すぐに穏やかに目元を崩し『ありがと、素敵な名前ね?』と、自分の名前を素敵だなんて言われたことは初めてだった。
細やかな心を持った希望のある子に育つようにと、紗希って付けてくれたという経緯を昔、お母さんに聞いたことがあったことを思い出す。素敵な名前と言ってくれた綾子さんにその話をした。
『…細やかな心なんて、名前負けしてます』
『へぇ、名前の意味まで素敵な思いが込められてるんだ。名前負けしてないじゃない? ありがとうもごめんなさいも素直に言えるんだから、素敵なことよ?』
ほんわりと心が温かくなった。素敵、素敵と表現され体中に感じるこそばゆさから、頭を掻いた。髪をくしゃくしゃする私を『本当にそう思ったの、照れちゃってかわいいわね』なんて、からかう綾子さんは面白そうに笑った。
くれる言葉は温かみがあって、目尻を下げ微笑む様は本当に彼とそっくりで、それを伝えると興奮気味に『あんなのと一緒にしないでくれる?』って、唇を尖らした。



