優しい胸に抱かれて

 作業場から離れたところで平っちはまだ誰かと電話していて、隣の一課の様子が丸見えだった。2年前に入ってきた宇部くんが疑問を投げかけに彼の横に立つ。

「工藤さん、ちょっといいっすか? 今、平さんに聞いたら工藤さんに聞けって言われたもんで、パイクイーンの店舗なんですが、このデザインどう思いますか?」

「…どこにでもありそうな店構え、ってところだな。パイクイーンってアップルパイ以外に何かあるのか?」

「パンプキンパイとかですかね。あ、カフェも併設します」

「尚更だな。この店構えは入りにくい。やり直し」

「噂と違って、工藤さんって手厳しいっすね。実は俺、一緒に仕事してみたかったんすよ」

「噂? 悪口だろ?」

「仕事に真面目な人だって聞いてたから、その指輪は違和感っすけどね。うちの会社で指輪してる人いないから」

「…これ? まあ、確かに。傷が付いたり、引っかけたり。でも、この相手と同じくらい大事に店舗も扱えば問題ないだろ?」

「うわー、大事って。マジっすか。俺もそんな台詞言ってみたい。そんなに想われてる彼女さんも幸せですね」

「さあ…、どうだろうな?」

「うわー、とぼけた。余裕なくせに。どんな人なんですか?」

「そうだな…、俺の心の支え」

「マジカッコいい」

「わかったから、もっと集客出来るくらいのデザイン考えろ」

「はーい、っと」

 聞きたくなくても耳に入ってくる。

 聞きたくないことや知らなくていいことが情報として耳に入ってくる。きっとこの先もずっとこんなことがあるんだ。今日だけじゃなくて、ずっと。これに慣れなきゃいけない。

 ズキンと疼く心をやり過ごしていかなければいけない。