『…聞こえてたのか』
なんて、切なそうに言うくらいなら何故口に出したのか。
聞こえていなければいいとかそういう問題じゃない。聞こえてしまったから勘違いしてしまいそうになる。
『主任は忘れちゃったのかもしれないですけど、私は前…。主任の家に行っちゃいました』
『うん、覚えてるよ。連れてったの俺だから』
『…主任の好きな人がそんなこと知ったら、勘違いされちゃいます。言わなければ分からないって思っているかもしれないけど、バレなきゃ何でもいいんですか? それとも、私は…、女として扱われてなかったんですか? 主任が、そんないい加減な人だとは思わなかったです』
酔っているせいでもなんでもいい。このまま勘違いしたくなくて、誰かも分からない彼の想い人に、勘違いされないような言い方をした。その遠回しな表現はどうやら伝わらなかったみたいで。
『そっか、なんだかわかった気がする。…勘違いしてるのは柏木だよ』
そう言われてしまった。
彼の口からはっきり言われて、一層締め付けられた胸が苦しくなった。
『そんなの、…わかってます』
『…いや、わかってないだろ?』
伏し目が上がって呆れた顔を見せた。少し困ったように眉を下げて『ほら、ちっともわかってない』って、息を吐いた。
繋がれたままになっていた手首にしっかりと力を入れられていなければ、躊躇いがちに開いた口から零れた言葉を、私は聞き漏らすところだった。
『同一人物』
『えっと…、何が?』
何が同一人物なのだろう。と、遠くを見るように細めた彼の目をじっと直視する。



