『心外って。別にお前の事じゃねぇよ。…そりゃ、結婚しない女もいるだろうけどな。養っていけるステータスなきゃ無理だってことだ』
『そうですか? 男の人って結婚のこと難しく考えてしまうんですね?』
『…お前が考えなさ過ぎなんじゃねぇのか? じゃあ聞くけど、結婚相手に望む条件に年収は入らねぇのかよ?』
『うーん、…少なかったら共働きでいいじゃないですか? 結婚相手に望む条件…。難しいですね?』
結婚…。自分が結婚するなんて事を考えたことがないのだから、結婚相手に望む条件だってもちろん考えたことがない。みんな意識して相手を選んでいるのだろうか。その時になったら自然に出来るものだと漠然としたものだと描いていた。
『そんな単細胞でよく男に騙されないで生きてこれたな。それとも、騙されたことに気づいてねぇのか?』
『単細胞…って、日下さんひどいです』
『お前、引っかかるところが何か違うんじゃねぇか?』
大きな溜め息を吐いたかと思えば投げやりな態度をされ、コーヒーカップを手に休憩所を揃って出る。作業場のパーティションをくぐり、日下さんは自分の席にどっしりと腰を下ろして、向かいの席でデザインの下書きをしていた彼にこう言った。
『柏木と喋ってると調子狂う。工藤、バトンタッチ』
彼は眉を顰めて、怪訝そうにその声の方へ顔を上げる。
『は…? 柏木がまた何かしたのか?』
『俺を疲れさせた』
『…何、それ?』
重量感のある製図用のシャープペンを指に挟み、彼はただでさえ重たいそれを指でくるくる器用に回しながら、こちらに傾けられた視線に私は顔をしかめて『何でもないです。ただ…』言い掛けた言葉を噤む。
結婚相手に望む条件を考えていた、なんていくらなんでも言えるわけがなかった。
『私も考えすぎて疲れました』
『何が、どこがだ? 単細胞じゃねぇかよ』
間髪を容れずに飛んでくる日下さんの野次に『単細胞はないだろ?』って笑い飛ばしてくれて、それだけでもやもやしたものが一気に吹っ飛んだんだから、日下さんの言う『単細胞』って、あながち間違いではないのかもしれない。



