優しい胸に抱かれて


『追いつかれたらまた必死で逃げて、追いついて逃げて、鬼ごっこだな。自分で自分を追い込んでもがいてる奴らばかりだ。どういうわけだか、ここの部署は図面しか見てないからか、不器用な奴の集まりだ』

携帯灰皿の中でタバコの火をもみ消し、やりきれない様子で息を吐いた。

『油断してミスを起こすだけならまだいいが、他人に足を掬われることだってあるんだ。俺だってあるんだから、お前みたいな奴は特にな』

森田さんのことを言っているのか、それとも別の違うことを指しているのか、窓の奥を見つめる前川さんは遠い目をして、何かに更けったような表情を硝子に映す。

あんな仕打ちをされる程、仕事以外の何で森田さんを裏切ったのだろう。過ぎった疑問はすぐに消えていった。

そんな重苦しい空気を入れ換えようとしてくれたかのように、突然ものすごい音とともにドアが豪快に開いた。

『部長と、なんだよ柏木もいたのか』
 
私の姿を見つけ落胆しきった日下さんだったが、それに救われた気がした。
 
『日下。扉は静かに開けろ、うるさいぞ』

『すんません。前川部長がここにいるの珍しいっすね。ここタバコ吸えないから、っても吸った後みたいっすね』

さすが日下さんだ。わざとらしく空を仰いで鼻をひくつかせる。物怖じすることなく前川さんにもこんな調子だ。それを叱り飛ばすことなく、呆れた顔をする。

『あからさまだな、嫌味か? ちょっとな、コーヒーが飲みたくて来たら柏木がいたからついでに説教してたんだ』

『ついでに説教されるって、どんだけ鈍くさいんだ』

『まあ、何かあったら二人ともいつでも言ってこい。恋愛と金銭以外の相談には乗るぞ』

『財布落としたら真っ先に行きますから』

『ったくお前は、財布は落とすな。長島は無愛想だが根はいい奴だから、頼ってしっかりやれ』

『はいはい』

『はい…』

日下さんの軽い返事と私の重苦しい返事、それと扉がぱたりと閉まる音が重なって、前川さんは休憩所を後にした。