『そうだ。お前はもう新人じゃない、先輩だ。新人は先輩を見て成長していく、良くも悪くもだ。日下や工藤みたいな対極に位置してる先輩がいるように、後輩だってそれぞれ性格が違えば教え方も変わってくる。この先、柏木は先輩としての壁に必ずぶち当たる。それは人を教える難しさだったり、立ち振る舞いだったり、もしかしたら追い越される可能性だってある。解るか?』
先輩って言葉で表されても自分が先輩だなんて恐れ多い。
私の知っている先輩像は主任たちみたいに毅然としていて、いつだって頼りになる。そんな先輩たちであって、冬囲いのように藁やい草で雪や冷気から保護された街路樹みたいな私ではない。
『…解るというか、あまりそういう感覚がありません。島野さんがいなくなって、前川部長の怒鳴り声もしませんし。平和というか…』
『何だそれは、ただ単に平和過ぎてボケてるのか? それとも怒られたいのか?』
『え、いや。…いえ、怒られたくはないです』
うんざりしたような前川さんの溜め息を久々に聞いた。もっと焦れってことなのだろうか。実際、今のままでは知識もそれを生かす経験も色々な物が足りないことは頭では解っていた。
足りない物を補う術は持ち合わせていなくて、誰に聞いても『そのうち解る』『いずれ解る時がくる』と、ぼんやりとしてはっきりとしない答えばかりだった。
休憩所は禁煙だというのにお構いなしに、内ポケットを探りタバコと携帯灰皿を取り出して口にくわえると火を灯す。
私と話すのがそんなにストレスなのだろうか、という疑問は、前川さんが続けて口を開いたことにより、煙と一緒に天井に流れていった。
『今は漠然としたものだろうが、先輩としての現実の厳しさはこれから否が応でも解ってくるもんだ。教えながら学んで、悩んで、もがいて、失敗を繰り返して、そうして理解していくもんだ』
『みんなもそうだったんですか? 前川部長も…?』



