優しい胸に抱かれて


バー・ローズで衝撃を受けて一週間。新入社員が入り雪解けの季節、春を迎えていた。

フロア全体に広がっていた青一色のパーティションは、佐々木さんたち施工の手によってガラスパーティションに張り替えられ、開放感のある空間へと変化を遂げ、随分と見通しが良くなった。

『これで、もうぶつかることも、気を付ける必要もなくなったな?』

『…はい』

彼にそう言われ素直に返事をしたが、ぶつかることがなくなってしまって物寂しさを感じていた。


森田さんが辞職してから足りなかった人手は4月にはそれまでと同数の人員が確保された。前川さんは部長となって、島野さんが出向でいなくなった。と、同時に出向から戻った長島さんが二課の課長となった。
 
入社して1年が経ち、後輩が出来たんだという実感みたいなものはなかった。勢いでここまでやってきて、自分自身が覚えなければいけないことがまだまだあった。

最初の3ヶ月は定時上がりの新入社員は礼儀正しく挨拶を重ねて帰って行った。17時半を回ってもまだ明るくて知らず知らずに日が高くなっていたことに驚いた。西日が射し込む休憩所でぼんやりと一息ついていると、前川さんが入ってきて目を細め室内を見渡す。

『何だ、柏木一人か。俺にもコーヒー淹れてくれ』

『前川部長、お疲れ様です』

4月に入り、前川さんの忙しくしている姿は見かけたことはあっても、立ち止まって話すこともなく、怒られることもなくなってほんの少し物足りなさを感じていた。

コーヒーを渡すと、前川さんはそれを受け取ってソファーに腰を掛ける。

『どうだ仕事は? まあ、お前に聞くこと自体間違ってるか』

前川さんの失笑と、私の何とも言えないような乾いた笑い声が入り交じった。

『そうですね…、今までと特別変わらずです』

『慣れてきたからって油断はするな、胡座かいてるとそこにミスが待ち受けているからな。二課には新入社員が入っただろ、そいつからしたらお前みたいな奴でも先輩は先輩だ』

『私が、先輩。…ですか?』