優しい胸に抱かれて


本村さん夫妻に改めてお礼を伝え、後日伺う約束を交わした。会社までの帰りの車内。

『いつまで泣いてんの?』

『だって…』

『初めての仕事終えて感動した?』

ティッシュ片手にこくりと頷く私に『俺も』って優しく笑った彼は追加のティッシュ差し出してきた。


『お取り込み中水差すようで申し訳ないんだが、工藤宛にさっき前川さんから電話があったぞ。バー・ローズの壁の手直しの要請があったから帰りに直して来いとさ』

何かあった時のために施工の佐々木さんがスタンバイしていた。その佐々木さんが運転するワンボックスカーに乗ってきた私たち。
 
『あ、じゃあ私は地下鉄の駅で降ろしてくれればいいです』

『柏木、お前も勉強の為に連れて行けって言ってたぞ。どうせ洒落たバーなんて知らないだろ? だと』

それってどういう意味なのか、何の勉強なのだろうか。はてなマークが頭に浮かび上がった。

バー店舗の改装は彼が手掛けた物だった。洒落たバーなんて確かに知らなかったし、行ったこともなかった。本村さんの色んな想いが詰まったカフェは暖かみがあったのに対して。

連れられたバー・ローズの店内はコテンポラリー建築で近代的なモダンとは違い、まさに[今]のデザインが詰まっていた。若い層の集客に繋げたいというざっくりとした要望だったらしい。

佐々木さんは『映画の観過ぎだろ、正方形の入れ物に平行四辺形を入れるような物だ。こんな面倒なデザインを考えやがって』と、毒を吐いたのは頷けた。映画のスクリーンから飛び出てきたかのような内装だった。


果たして、勉強の為になったかどうかは別として、あの弱音を漏らした彼のデザインとは思えないくらい衝撃的だった。

受け身だと言っておいて、攻撃を仕掛けるようなだまし討ちに合った気分。それが彼らしくて、一気に惹かれてしまったのは必然だった。