優しい胸に抱かれて


あの自宅兼カフェの個人宅の案件。本村さんから判を押した契約書が戻ってきた。予想よりも遙かに早く発注まで完了した。それから2ヶ月が経ち、申請は滞りなく受理され着工を迎えることが出来た。

書類だけで2ヶ月も掛かったのに、工事がたったの半月で本当に出来上がるのかと、スケジュールを立てたのは自分なのに、全く実感が沸かなかった。

工務店から大工さんが来て一階の壁と床を取り払い、配管工事が入り排水設備が整うと、また大工さんの手によって断熱材のグラスウールを入れた床と壁、窓と入り口が出来上がる。

キッチンやトイレ、エアコンが運ばれ電気の配線工事は1日と掛からなかった。

施工や内装仕上げ工事は外注の職人や余所の内装業者に頼むことが多いが、規模を考えると自分たちで出来ると佐々木さんが言ってくれていて、そのおかげで外注費が抑えられた。

内装工事が始まると、足先に硬質の樹脂製の先芯が入った軽量の安全靴を渡された。みんなは鋼製先芯だったがそれは重いからと。

私は何度か施工班と現場へ同行した。現場へ来ると知らないものがたくさんあって、何する道具なんだろうと、工具ひとつひとつに関心を持っていた。何に使うか、どう使うか、佐々木さんが得意になって実演してくれた。

奥さんが淹れてくれるコーヒーと娘さんが考えた試作のお菓子を頂いた。『好きで集めていたカップとソーサーが漸く使えるわね』と、彼が描いたパース図が少しずつ形になって行くのを、微笑ましそうに一緒に眺めていた。

什器が運ばれ、徐々にカフェらしくなってきた店内で、佐々木さんに『ここのシェードランプの角度はこのくらいで…』と、私は指示を出すようになった。

『このコーナーのカウンター、イメージが違う…』

その一方で、彼は腕を組んで悩ましげに遠ざかっては近づいて、ありとあらゆる角度から無垢の板に視点を合わせる。

『佐々木さん、角落としますか?』

『どんな風に?』

迷惑そうな佐々木さんを無視し、工具入れからL字の差矩を手に取り線を引く。奥さんを呼び、確認してもらってその承諾を得る。