結婚式は、私の希望で、アンディさんのお店で、親しい人達だけを呼んで、披露宴を兼ねた人前式にしてもらった。

西園寺グループの後継者である竜仁さんだが、今はまだクレラントホテルNAGOYAの一社員だから、大々的にしなくても構わないから、遥の好きなようにして良いよと、竜仁さんが言ってくれたので、親族と親しい人だけを招待して行ったのだ。

数カ月が過ぎ、今日はクリスマスイブ。
勝士さんのお宅でパーティを行うため、仕事が休みだった私は、優里さんのお手伝いに一足先に、一人で伺うことになっていた。

勝士さんの家の近くのまで行くと、「遥ちゃーん」と、声が聞こえ、呼ばれ方を向くと、稔君が手を降って、道路の反対側から走って来ようとしてる。

「危ない❢」

キィーガッシャン! 

「…るか、遥?」

「ん…」

「遥、分かるか?」

「たっちゃん?…どうしたの? ここは…」

「良かった…。気が付いて、事故にあって、3日間ずっと眠っていたんだよ?」

道路に飛び出した稔くんを…

「あっ稔君! 稔君は?」

「大丈夫だ、遥のお陰で、怪我一つないよ?」

「良かった…」

「遥…妊娠してた事…どうして…」

「ごめんなさい…。話そうとしたんだけど、…たっちゃん忙しそうだったから、落ち着いてからと思ってたの…。今ね! 3ヶ月だって❣」

妊娠したことを、きっと喜んでくれると、思っていたのに、竜仁さんは、私の話を聞いても、喜ぶどころか、悲しそうな顔をみせた。

どうしてそんな顔するの?
たっちゃん?…
嬉しくないの…?
え? まさか…

「たっちゃん? 赤ちゃん…大丈夫だよね?」

「遥…赤ちゃん…助からなかった…」

「うそ…」

涙が溢れて止まらない。

私の赤ちゃん…
私の赤ちゃんがいなくなっちゃった…

「ごめんなさい… 赤ちゃんごめんなさい…」

顔を掌で覆って声を殺して涙を流した。

「遥…」

「たっちゃん…ごめんなさい…」

竜仁さんは、泣いている私の頭を撫で、慰めてくれる。

「遥のせいじゃない… 自分を責めないでくれ…」

病室には私の両親も居たようで、お母さんが私の手を握る。

「遥…あなたのせいじゃないわ? 今はゆっくり、休みなさい。」

「お母さん…心配かけてごめんなさい…」

お母さんは涙を拭いてくれる。

「たっちゃん…流産の事は…みんな知ってるの?…」

「いや、まだ俺と、ここに居るお義父さんと、お義母さんだけだ。」

「そう。たっちゃん、この事はここだけの話にして欲しいの? 西園寺のご両親にも、言わないで? お願い。」

「どうして?」

「もし稔君の耳に入ったら、…きっと苦しむわ?」

以前、初めて勝士さんのお宅におじゃました時、誕生日プレゼントで遊んでいて、優里さんにぶつかって、淹れたばかりの紅茶を、私の手にこぼして、軽い火傷をした事がある。

その時、稔君は凄く責任を感じていた。いくら、私が、「大丈夫だよ?」と、言っても、ずっと私の手を氷で冷やしていてくれた。

「稔君は、頭のいい子よ? 私が流産した事が耳に入ると、自分のせいだと苦しむわ? だから、この話は、ここだけの話にして欲しいの…。」

稔君に、二度とあんな顔をさせたくない。

「遥さん…」
勝士さんの声がした。

私達は、病室の扉が開いた事が分からず、話していたようで、勝士さんとお義母様が入り口に立っていた。

「勝士…」

竜仁さんも驚いている。

「遥さん…申し訳ない。…稔の為に…本当に申し訳ありません!」勝士さんは、私と、私の両親にも頭を下げてくれた。

「勝士さん頭をあげて下さい。 遥の言うように、この話はここだけの話にしましょ? わざわざ、苦しむ人を増やさなくていい。 私も稔君を悲しませる事はないと、思います。」と、お父さんも言ってくれた。

「遥さん…」

お義母様も涙を流している。

再び扉が開いて、稔君と雅ちゃんを抱いた優里さんが入って来た。

「遥さん稔を助けてくれて、有難う。」

「稔君が無事で良かったです。」

稔君は悲しい顔をしてる。

「遥ちゃん、ごめんなさい。 僕が飛び出したから…」

「稔君が怪我しなくて良かった。 今度から気をつけようね?」

「はい… 遥ちゃん点滴してるの痛い? 怪我は?どこが痛いの?」

「ううん。大丈夫だよ? ちょっと擦り剥いただけ、ぜんぜん痛くないよ! たっちゃんが心配して、入院しろって言うから、入院してるだけだよ?」

「たっちゃん本当? 遥ちゃん大丈夫なの?」

「あぁ大丈夫だぁ。 ずっと、仕事も頑張っていたからな? 少し休憩させてるだけだ。 稔は気にしなくて大丈夫だ。」

「本当? 良かった! 僕、遥ちゃんが元気になるまで、毎日お見舞いに来るよ?」

「稔君、ありがとう。でも、幼稚園もお勉強も有るでしょ? もう直ぐピアノの発表会もあるから、一生懸命練習しなきゃ?」

「でも…僕のせいだから…」

やっぱり自分のせいだと思ってる…
これ以上、稔君の心を痛めるような事はしたくない。
絶対に知られてはいけない。

「稔君…1つお願いがあるの聞いてくれる?」

「うん! 僕、何でもするよ?」

「ありがとう。じゃー稔君を、ギュッとさせてくれる? 稔君の元気を頂戴?」

「うん! 元気百万馬力、分けてあげる!」

私は稔君をギュッと抱きしめた。

赤ちゃん稔君を助けてくれて有難う…
あなたを守れなかったお母さんを許して…
あなたの事は、胸の中に閉まってしまう事を許して…
堪えていた涙が再び溢れてくる。

「遥ちゃん?…。」

「稔君ありがとう! 稔君の元気貰えてうれしいの! これで早く退院出来るよ?」

「稔、遥さん疲れちゃうから、今日は帰ろう?」

勝士さんはそう言うと、

お父さんも「そうだな? 私達も帰ろう? 遥、何も考えずにゆっくり休みなさい。じゃな?」と一緒に帰って行った。

「たっちゃん仕事は?」

「心配しなくても大丈夫だよ?」

ずっと付き添って居てくれたのだろう?
病室は特別室のようで、応接セットの机の上には沢山の書類が広げられている。
四畳半ほどの畳の上には布団が敷いてあるが、布団は綺麗なままだ。

寝ていないのでは?…
竜仁さんも疲れた顔をしている。

「私、少し寝るね? だから、たっちゃんも休んでお願い。」

「分かった。俺も少し横になるよ?」

布団に横になる竜仁さんを見て、私も目を閉じた。