と。


タイミングよく、携帯が着信を知らせる。


名前を見ると、今し方かけようとしていた相手だ。エスパーか何かだろうか。


思いつつ、すぐには出ずに数コールやり過ごしてから通話ボタンをプッシュする。


『今、どこ?』


配も緊張感の欠片もない声が耳に飛び込んできた。


あたしは薄く笑って、分かってるくせに、と聞こえた声に呟く。


「どこ、だと思う?」

『……街でしょ。音で分かる』

「そうじゃなくても分かってたくせに」


あからさまな笑い声。


それもそうだ、と笑った声が返してくる。それに反応せず、あたしはふつりと押し黙る。


『帰らないの?』

「……帰ら、ないよ」

『ふうん?』


この声は絶対挑発してる。


余裕そうな声が、嫌いだ。


本当に、大っ嫌い。


『ねえ、』


甘えた、ねっとりとした声が気持ち悪い。


耳を塞いでしまいたくなる。聞こえてくる音全部、遮断してしまいたくなる。


そんなこと、できもしないけれど。

『会おうよ』

「……うん」

『いい子』


そこにいてよ、と電話が切れた。


切れた携帯を握り締めて、ぎゅっと小さく縮こまる。


怒られる、だろうな。これがバレたら。


何のためにあるんだって、凄い剣幕で怒られそう。


その想像をして、唇の端から小さな笑みが零れた。でもきっと無理だ。


あたしは、あの温かい場所だけじゃ生きていけない。


仮初で構わないから、あたしはあたしを愛してほしい。


だから、


「ココ」


電話を通さない、嫌いな声が聞こえた。


顔を上げると、貼り付けられた綺麗な笑み。


差し出された手を恐る恐る取ると、急に引っ張られてその胸に飛び込むことになる。


香るフローラルに、吐き気を覚えた。


嗚呼、もう。


嫌いだ。