「アンタなんていなければっ」
 

そう言いながら、母親に思い切り脇腹を蹴られた。


息が詰まって、一瞬後げほげほと咳が唇から零れ落ちる。


止めなきゃと思っても止まらないそれにまた母親が苛立って、髪の毛をがっと掴み上げられた。


「出てってくんない?」


金曜日の、夜。


今日に限ってお金はない。けれど家にいる理由も、意味も価値もない。


嗚呼、価値ならあるかもな。


笑いそうになるのを堪えて、あたしは携帯だけでも引っ掴むと家から飛び出した。


誰も追いかけて来やしない。


そういえば、今日は父親は出張だとか言っていた。


いいのか、悪いのか。


多分どっちでもないな、と当たりをつけて、騒がしい夜の街へ向かって歩いていく。


歩く度、蹴られた脇腹が痛い。


今日は遠慮なしだったな、いやいつもか。金曜日はいつもこんなものだった。


肩からずり落ちそうになる黒いフード付きのパーカーを引っ張り上げて、前から歩いてきた酔っ払いを避けた。


中学生がこんなところにいるようじゃない時間。時刻は夜の十時過ぎ。


パーカーのフードを目深に被って、あたしは周囲にバレないように気を付けながら歩く。


ちらほらと、警官の姿が目に付いた。


見つかったら即補導だ。


どうしたって、見つかるわけにはいかない。


家に連絡が行くような事態だけは、絶対に避けなければならない。


あたしは警官からふっと視線を外すと、すぐ傍にあった裏路地にするりと入り込む。


雑居ビルの壁に背中を預けて、膝を抱えて座り込んだ。


「……っ、」


漸く息を吐いて、蹴られた脇腹を片手で押さえる。ふうっと息を詰め、襲ってきた痛みをやり過ごした。


ずきずきと痛むそこは、きっと痣になっている。


面倒臭い、と溜め息を吐きたくなった。


今夜はどこに行こうか、考えなければならない。


流石に、こんなところに一晩中いる訳にもいかなかった。


携帯を取り出してアドレス帳を眺め、都合のよさそうな人をピックアップしていく。


大体二、三人の検討を付けると、あたしは一人目に電話をかけるため、電話番号を表示した。