傘を差した翔が、怪訝にアユを見降ろしていた。


何でこんな時に限って声を掛けてくるんだ。

アユは唇を噛み締める。



「別に。何でもない。関係ないでしょ」


しかし、翔はそれでは引かない。

翔はしゃがみ込み、アユと同じ目線の高さで、真っ直ぐに目を見て、



「その顔、どうした? 何があったんだ?」


アユは目を逸らした。

今度はもう、関係ないなどと、強がれなくて。


涙だとわかる生あたたかいものが、一筋、頬を伝った。



「泣くなよ」


翔は片手でアユを引き寄せるように抱き締めた。


涙が止まらない。

アユはそれでも嗚咽を押し殺し、



「やめて。康介に見られたらあんたまで殺されちゃう。何されるかわかんない。私はあんたに迷惑掛けたくないの」


翔は眉根を寄せた。



「何? お前、つまり、その『康介』って野郎にこんな風にされたのか?」


アユは顎先だけでうなづいた。

翔は息を吐いて立ち上がる。



「立てるか? とりあえず、濡れたら風邪引くし。俺の車、すぐそこに停めてるから、行こうぜ」


迷惑を掛けたくないと、アユは先ほど言ったはずだった。

なのに、翔はそんなことを気にしてはくれない。


それでも、アユにはもう、抵抗する気力も反論する力も残されてはおらず、翔によって立たされ、歩かされた。