移動する時に、彼女は初めてフォルクハルトに話しかけた。
『いつも見てくれてありがとう。』
たった一言。
それがお別れだと知っているだけに動揺する。
いやだ。
駄々をこねたかった。
子供のように、叫びたかった。
何故だか、彼女が生き甲斐になっていた。
心の支えだった。
そう実感した。
『旅は、おひとりで?』
引き止めるための話題。
少しでも長く彼女を見ていたかった。
叶うなら、永遠と踊ってくれたらどんなにいいか。
『そう。それが、私のやりたかったことだから!』
あぁ。
ならば、もっとこの町に留まってくれたらいいのに。
『心細いでしょう?』
自分のそばにいて欲しい。
気付けばそう思っていた。
醜い独占欲。
そう感じて、その願いをなかったことにした。
『ううん。もう、慣れちゃった。』
その言葉に少し残念がる自分がいる。
心細かったら、何だというんだ。
自嘲気味に笑った。
『強いのですね。』
『そんなことないよ。』
彼女は笑う。
『また会えるときを心待ちにしています。』
『ふふ、じゃあね!』
互いに背を向けて去る。
行ってほしくない。
どうか、もう1度。
いいや、何度でも。
フォルクハルトは振り返った。
そこには彼女の姿はない。
それから、どのくらいの時が経ったかはわからない。
ただ、その場に立ち尽くしていた。
どうしようもない気持ち。
友達にでもなりたかったのだろうか。
それとも、愛玩動物のように傍に置きたかったのだろうか。
ここに居れば、あの子が戻ってくるような気がした。
そんなはずもないのに。
『フォルクハルト』
自分の名前を呼ぶ声がして、甲高い音が響く。
耳を押さえながら振り向くと、人間のようだが片目は黒く穴があいたような目をしている。
美しい蒼い目。
異形と呼ぶに相応しい顔。
彼女が指を鳴らすと風が2人を包んだ。
『ワタシはウィンディア。風を司るモノダ。』
ばさっと羽根が現れた。
『我々は天使。神に仕えるモノダ。』
『天使?神?』
フォルクハルトはそんなもの居ないに決まっていると心で哂った。
この世界で天使と呼ぶのは天使族のみ。
神話に出るような天使など、存在しないのだ。
鳥と人間が合わさったような身形の紛い物。
『信じてナイナ?』
『当然。』
そう答えるとウィンディアは心外そうな表情を見せた。
そして、品定めするようにフォルクハルトを見る。
『取引をしヨウ。』