彼のことを好きだ…と想う瞬間、夢みたいな時間の中にいることを『忘れない様に…』と胸に刻み込んだ。



「それから、さっき言ってた雫の件だけど……」

「あっ、あれはもういいんです!私が勝手にしようとしたことだから……!」


両手を振り上げて断った。
その指先をぎゅっと握って、彼が唇の端を持ち上げて言った。


「君のこの手を濡らしたくなかっただけなんだ。拭いてくれようとして有難かったけど、あそこでは近藤さんもいたし…」


人目を気にする私を気遣ってのことだった。

何処までも気遣いをしてくれる田所さんに、またしても涙が溢れ始めた。



「ごめんなさい…私、何も気づかなくて……」


劣等感と睨めっこばかりしていた。
田所さんはそんな私の気持ちまで考えて接してくれていたのに…。



……嬉しいのにやっぱり何処か苦しくなる。

コンプレックスを抱えたままでいる自分が彼の側にいるのはおかしい気もする。


…でも、離れていたくない。


田所さんが側に居ていい…と言う限り、隣に立っていたい。


満月と三等星くらいの輝きに差はあっても、同じ空間で過ごす時間が欲しいと思う。



「信じて欲しい…」



田所さんの言葉を信じたい。



その言葉が、永遠に続いて欲しい…。




……願いながら『かごめ』で一緒に食事した。


そこで彼が話してくれたことは、家に帰ってからもずっと、頭の中に残っていた……。