「少し歩こうか」
後から出てきた田所さんの言葉に頷いた。
このまま駅でお別れというのも、何だかやるせない気がしていたから丁度いい。
『かごめ』から続く細い路地には、小さなカフェや雑貨屋さんが並んでいた。
近代的なビルとは違って古民家を改装している店先には、木枠の格子窓やスモークガラスが並ぶ。地面には石畳が敷いてあり、脇には水路も流れていた。
「素敵な雰囲気の通りですね。まるでタイムトラベルしてきたみたい…」
行きには気づかなかった大正レトロっぽい雰囲気に浸りながらゆっくりと歩いた。
「懐かしい感じがするでしょう。ここは僕のお気に入りの場所なんです」
右隣を歩く人が、少しだけ背中を丸めている。
私と歩く時の田所さんは、いつもそんな姿勢をしている。
「あの店もこの通りも河佐さんと一緒に来たくて…ずっと機会を狙っていました…」
いきなり飛び出した言葉に驚いて顔を見上げた。
火照った様な顔をしている田所さんの口から、思いもかけない【ワケ】が出てきた。
「河佐さんに憧れる理由は、ここの懐かしさに似たものを僕が感じるせいだと思う…」
無言で彼を見た。
左手をそっ…と伸ばしてきた田所さんは、私の右手を包み込むように握った。
「河佐さんは、僕の死んだ母によく似ているんです……」
「えっ……?」
(お母さん…?)
ピタッと足が止まった。腕を引っ張られるような格好になった田所さんが歩みを止めて振り返った。
その物憂げで哀しそうな瞳を、私はこの夜ずっと忘れられなかった。

