無言で彼から目を逸らす私に気づき、「じゃあ、また」と囁き去って行く。
待合室から出てくる彼を、女子達が迎え討つように取り囲んだ。
私との接点が知りたいみたいで、何を話していたのか…と尋ねる人もいた。


「何も話してないよ。ただ同期生として挨拶してただけ」


さらり…と質問をかわし、上手い具合に話をそらす。
『リップサービスキング』の称号を与えられるだけあって、嫌味の一つも感じさせない。

さすが…としか言いようがない。
私と田所さんの接点と言えば、同期入社であることと新人研修のマナー講座でペアを組んだくらいのことだから間違ってはいない。

それ以外は何も関わりを持たずに接してきた。
私が彼を目で追う以外、何もなかった筈だった。


だから、まだ信じられない。
彼が、私に憧れていると言ったことが。



( 私…何をした⁉︎ )


自分に問いかけながら、この5年間を振り返る。
受付の窓口に立ち、営業へ向かう時や帰社してきた時以外に彼に声をかけることはなかった。

しかもそのかける言葉というのも「行ってらしゃい」と「お帰りなさい。お疲れ様でした」の二通りだけ。
名前を辛うじて覚えていてくれたのも名札を身に付けていたからで、そうでなければ、彼が私を覚えている筈もない。


考えながらどんどん落ち込んでいくのが分かる。
羨望の眼差しで見続けてきた彼に、眼差しを向けられていたのか…と考える自分が嫌だ。