唇の端を持ち上げて、笑みを作る彼女の言葉に、一瞬声も出ない程の驚きを感じた。

瞬きも忘れて見入っていた。僕の視界から外れるように、河佐咲知は歩き始めた。

その背中を目で追い、引き止めるように肩を掴んだ。


「待てよ!今のは一体、何の意味があって………」


問いかけた声が止まったのには、ワケがあるーーーー



振り向いた彼女が、驚くほどに綺麗な笑顔を見せていた……。


目尻の下がった顔で微笑んでいる。
唇の端はきゅっと上がり、美しい光が瞳の中を差している。

受付嬢として仕事をこなしてきた彼女にしか出来ない技。
それは技術としか言いようの無いくらい、素晴らしい作り笑顔だった……。



「私……疲れました……」


表情とは正反対の言葉をはっきりと言った。滑舌の良い声を聞きながら、その理由は何だ…と聞きたくなった。

肩に置かれていた腕を下ろし、きちんとこっちに振り向く。
目も口も笑みを保ったままで、彼女は話し始めた。


「田所さんに好きだと言われて、凄く嬉しかったです…。コンプレックスばかり抱えてる私も、全てを忘れそうなくらい幸せを感じました」


感謝にも似た言葉を述べられた。
河佐咲知は本当に嬉しそうな顔をして見せた。
ほ…っとさせられた瞬間、彼女の眉が歪んだ。


「でも……私の一番のコンプレックスの原因は、やっぱり田所さんで……貴方といると、返って落ち込む。今みたいな顔をされても、泣かれても困る。カッコいい田所さんでいて欲しい。…やっぱり…笑ってて欲しい。そうでないと私が辛いんです。劣等感がますます大きくなって、田所さんが田所さんでなくなっていくような気がして。…それをさせてるのは……全部、自分のような気がするの……」