ガタンッ!と椅子を倒して、ムスコは大急ぎで外へと向かった。



「…あーあ、儲け損なっちゃった…」


私の給料から引いといて…と、カミさんはニコニコしながら呟く。


「言われなくてもそうするさ…」


話さなくてもいい昔話なんかしやがって…と、ぶつくさ言うオレを笑いながら見つめている。


あの冬の日、薄っぺらい病院着一枚で道路の真ん中へ飛び込もうとしていたコイツを見つけた時、幽霊か幻か…と目を疑った。

真っ白な息を吐いて、長い髪を棚引かせていた。
振り向いたその顔に浮かんでいた涙に、オレは一遍で魅入られた。


泣き叫ぶコイツの悩みは複雑だった。

死んだ方がマシだ…と話すのも、分からないではなかった。


…でも、生きていて欲しい…と願った。

子供なんか産めなくても、生き続けていることに価値がある…と言いたかった。



『それをオレが教えてやるっ!』


プロポーズにも満たない…と、再会したあの日、こいつは笑って言った。


その右頬に出来たえくぼに、オレは涙以上に魅せられたーーーー。




「惚れた方の負けだな…」


呟くオレの言葉に小首を傾け、カミさんは「もう一本つけよう」と立ち上がった。


元気に働くコイツの姿に、これまで何度、心救われたか分からない。



外に出て行ったムスコにも、そんな相手が見つかっていることを願っていた……。