パタン…とドアを閉めて、部屋の明かりを灯した。

上着のコートをハンガーに掛け、はぁ…と短い息を吐く。


昨夜のキスは、数年前に交わしたものとは別の甘さがあった。


胸をくすぐる様な切なさに襲われて、きゅっと唇を噛みしめる。
ヒリヒリしたような痛みはたった一晩で消え去り、まるであれは夢だったんだ…と語りかけてくる。


今日の彼の態度が普通。

付き合ってるのも全部自分の気のせいだ…と言われてるような気がしていた。



(今日はきっと仕事のことで頭が一杯だったのよ。週も始まったばかりだし、田所さんは忙しい部署にいるから仕方ない…)



彼のいる営業一課は、大切な外商向けの商品を扱う部署だ。
買い付けられた商品の価値一つで、売り上げが全く変わってしまう。
そんな中で田所さんの仕事は高く評価されていた。



『王子の買い付けてくる商品は、どれも人気がいいんだって!』


同期の子が、まるで自分のことのように自慢していた。

他の人達も彼に対してだけは自分が特化する情報を持っていて、それを周りにひけらかすようにいつも話し合っていた。


…私の知っている情報は、誰にも話すことができない内容だった。

華やかで爽やか過ぎる田所さんの胸の内を知っている。

付き合ったことのある女性達ならもしかしたら聞いたことがある内容なのかもしれないけれど、誰もがその話をしないと言うことは、きっと誰もが(話すべきではない…)と判断してきたからだ。