ポストを覗く。
――また来てる
 そう思いつつ紺色の封筒を取り出す。ピザとか寿司とかのチラシはそのまま違うポストに突っ込む。
 『また』と云ったからには前のものが存在していたわけで、数えたことないからはっきりとしたことはわからないが合計すると50通は越すと思う。最初のほうは悪戯かと思って捨ててたからだ。
 手紙は必ず紺色でいつも送り元が書かれておらず、切手も貼られていない。たぶん直接入れているからだろう。何のためにそうしているかは知らないし、誰が入れているのか心当たりもない。ただ唯一はっきりしているのは一昨年ぐらいから始まったことだけだ。
 一人暮らししているアパートの鍵を開ける。『おかえり』という声の代わりにドアがきしんで、閉じ込められていた蒸し暑い空気が迎えてくれた。
 切れかけた蛍光灯を点けて部屋の真ん中に置かれている卓袱台を前にして腰を下ろす。カバンはそこらへんに放り投げた。ガン!っと危うい音がしたが大して重要なものは入っていないことに思い当たって気にしないことにした。手に持っている手紙のほうがよっぽど大事だ。
 丁寧に、だけど素早く手紙を開ける。出てきたのは白い紙一枚。いつも通りだ。そこにはコンピューターで打たれた明朝体で『8月11日午後3時○□市×△区□△町5―33』と書かれてあった。
――8月11日
明日だ。
――午後3時
 確かバイトがあったはずだ。だが、たぶん自分はこの紙に指定された場所にいるだろう。
 自分の中で何事にも代え難い習慣になってしまっている。一番大切な行動になってしまっている。
 パソコンを立ち上げて最寄り駅と詳しい情報を調べる。ここから大体一時間半か……。12時30には家を出れば間に合うだろう。最後にメールをチェックして電源を落とす。
 服も脱がずに出しっぱなしの黴臭い布団に寝転がり、そこらへんに転がっているものを蛍光灯のスイッチがあったはずの壁に向かって投げつけて電気を消す。息苦しいほどの濃い闇の中で夢を見ない眠りに落ちる。