ジー・フール


「もっと他に言うことあんだろ?」
倉田の声は通路に響きわたった。

「例えば?」
僕は聞き返す。

倉田は手を下ろして、少し考えていた。
右手で頭をかき答えを探している。

「例えばさ〜大丈夫なのかとか…」

「大丈夫?…死ぬこと覚悟で僕らはこの仕事をしてるんじゃないのか?」
僕は即答した。

倉田は黙ってしまった。
そのまま僕に背を向け歩きだした。
きっと宿舎に戻るのだろう。

僕は倉田とは逆方向に歩く。
通路の窓には水滴がついていた。
雨は次第に強くなっている。
空も灰色なら、雨も灰色。
あんな表情を見たのは初めてだった。
僕にはできない表情。
むしろ常に無表情か。

僕は1階へ下り、食堂に入ってビールを頼んだ。
まだ昼にもなっていない。
けど、喉が乾いて潤いが欲しかった。
水でもよかったのだが、きっと今日はもう出撃がないだろうと思っていた。
これ以上に何かあるとは思えない。
僕はビールの泡を見て思う。
僕には死ぬ覚悟ができているのか。