「菊井さん、こっち!」

「は、はいーっ!」



「菊井さん、これ持ってって。」

「はいーっっ!」



目まぐるしくフロアを動き回る。

夏休みというだけあって、毎日がお祭り騒ぎのように忙しい。



せっかく神楽くんと同じバイト先だというのに
この怒涛に押し寄せる忙しさに、全く話せる時間がない。

でも――――…



「菊井、ファイト!」

「か、神楽くんっ!」

時たますれ違う瞬間に、こうして声を掛けてくれる。


その時折見れる笑顔だけで、こんな嵐のような忙しさも
体中を襲う疲労感も

全部、全部
吹き飛んでしまうんだ。



嬉しくて、幸せで。

緩んだままの頬を抑えてカウンターへ戻ると
ちょうど厨房へ向かう時だったのか

リサさんとばっちり視線がかち合った。


う、っと退いたあたしに

「お疲れさま。」

嫌味たっぷりの笑顔が投げつけられる。



「…お疲れさまです、」

甘い、香水の匂い。

俯いた視線が、怖くて上げられない。



事件が起きたのは
それからまもなくの事だった。