窓から入る風がほんのり冷たい秋晴れの夕方。もうじき空も夕闇に包まれようかというこんな時間に教室に居残る意味は然程無いに近い。そう彼が居なければ。

「若葉さんって後ろ姿だけでも唆られないね」
「だけってなんですか。冴木君ってやっぱ国語弱いですね」
「動かないでよ髪乱れるでしょ」

はいはい、と後ろに向けていた首を前にやりされるがままの私。背中まで伸びた髪を器用に操る彼は私の髪を三つ編みにするのに夢中みたいだ。

「ほんと好きですね髪弄るの」
「妹がやれやれってせがむからね」
「冴木君の妹になりたいです…」
「良いよ別に。その代わりキスも抱き締めるのもそれ以上のことも全部無しね」

振り返った先に有ったのは冴木君の悪意に満ちた顔。う、と二の句が継げないでいる私に片眉を吊り上げてみせる。わ、悪い顔…そんな顔が見たいんじゃないやい!糞う。

「や、止めときます…」
「うん賢明だね」

ほんの少し表情を和らげた冴木君はまた視線を少し下に下げる。がくん、と項垂れた直後ちょっと、という窘めるような声が飛んで来て慌てて背筋を伸ばした。

「っていうか何でこの並びで座ってるんですか。普通隣ですよね」
「席順がそうなんだし別に良いでしょ。それにこの方が髪結ぶの遣り易いんだよ」
「それは隣でも出来るじゃないですか。変ですよ」
「若葉さんって口を開けば文句ばっかりだね」

出来たよ。首を捻ると出来上がった毛先を上下に動かして満足気な彼と目が合う。

「巧いでしょ」
「巧いって…。自分じゃ見えませんよ」

呆れを滲ませた声音にひどく残念そうな顔をしてみせる冴木君。一体何だというのか。

「君って人を貶すのが巧いよね。もっときゅんと来るような台詞とか吐けないわけ」
「その言葉そっくりそのまま返しますよ。冴木君こそ私をきゅんとさせること言えないんですか」
「皮肉だね。俺は国語苦手だから期待なんてしても無駄だよ」

そうださっき私が言ったことだ。冴木君の唯一の弱点。不意に肩と背に掛かる重圧。いつの間に背中に回っていたのか腕をだらし無く垂らす。

「あの重いです…。どうしたんですか人肌恋しいとか」
「ほんと君ってぶれないね。好きな相手が引っ付いてたら普通ドキドキとかするんじゃないの」
「そりゃあまあ嬉し恥ずかしいですが。っていうか全体重掛けてませんかめっちゃ前に傾くんですけど」

振り向き様に冴木君の唇が頬を撫でた。そのことに虚を衝かれていると今度は唇に。目を開けた彼の顔は不服そうに歪んでいて。

「何でそんなに普通なの」
「と言われても…。私あんまり顔に出ないタイプなので」
「ほんとムカつく」

どこまでも可愛くない。私を解放した彼はぽつり、と呟いて焦げ茶の頭を掻いた。何か機嫌損ねたっぽいなあ。きゅんとさせることなんてやっぱり無理だ。

「あの、まだ続きとかあったりします」

冴木君の袖を引っ張って強請ってみる。可愛くない、と言われても足りないものは足りない。徐に目線を持ち上げてこちらを見遣る冴木君は、ちょっぴり意外そうな顔をしてた。少なくともきゅんとしたような顔ではないことは確かだ。悲しい。

「もっと巧い煽り方ってないの」
「そんなの知りません。ていうか煽るって欲情してるってことじゃないですか」
「分かったもう良い」

搾り出すような冴木君の声は余裕無さそうに掠れててその口がまだ何かを言い掛けたから今度は自分から封じた。冴木君の心揺さぶる方法なんて知らない。煽り方や気持ちの伝え方だって巧くない。それでも冴木君に触れたい、触れられたいという思いは間違いなく心から溢れ出てくるのだ。

「若葉さん」
「はい」

自分の名を呼ぶ彼の声に混じる欲を感じて鼓動が少し速まるのを感じた。悩まし気な表情を認めて背中が粟立つ気さえしてくる。

「首に手え回して」
「え、え…あっ…といやそんな恥ずかしいこと出来っこ…」
「言い訳なんて良いから」

早く、そう言って深く口付けられた。口内を蹂躙していく彼の舌に応えるべく必死に絡ませた。こういうことでしか大胆になれないんだもんなあ。藍原先輩見習わなきゃな。吐き出され交わる吐息の向こうに先程より赤みが増した冴木君の顔が有って私は頰を緩ませた。

「ディープキスがあんなに積極的だなんて聞いてないんだけど」
「はは…。私の方こそ欲情したかも知んないですね。きゅんと来ました?」
「…そうだね認めたくないけどほんのちょっぴりだけ、ね」

抑え効かなくなりそうでやばかった。冴木君が赤くしてそう言うもんだから私にまでその熱が伝染りそうで。目を伏せながら彼の顔に近付くと息を飲む音と温い感触が再びやって来た。

冴木君やっぱり君が大好きです。