好きの代わりにサヨナラを《完》

冬しか鍋料理をしない家もあるらしいけど、うちは真夏でも気にせずお鍋を食べる。
 
こんな汗ばむ季節に半袖を着て食べる鍋も、あたしは嫌いじゃなかった。 

母の手料理を食べるのは、一年ぶりくらいかもしれない。

夕食ができあがるのが楽しみで、料理をする母の背中を見るのが懐かしくて、トントンと母が包丁で刻む音を聞きながらスマホをいじっていた。



もしかしたら、あたしはここに戻ってきたかったのかもしれない。

小さな子どもじゃないんだから、母が迎えにきても「今は帰れない」と言って東京に残ることもできたはずだ。

だけど、あたしは母と一緒に新幹線に乗ってしまった。

ちゃんと仕事をやらなければいけないって思いしかなくて、自分の力であの場所から逃げ出すことは思いつかなかった。

泣いていたあたしを助けにきてくれたのは、蒼でも美憂でもなくて、血のつながった母親だった。