「その時、たまたま、杏に言われたんだよ」
「私に?」
「うん。お昼休みに、デスクで呑気にお弁当を広げている杏に、八つ当たりの皮肉混じりに “ 随分、美味しそうなご飯と余裕のランチタイムだね ” って。そう、声を掛けたんだ。そしたら、その時の杏が…………」
カタン、と。倒れたカバン。
その拍子に、中から飛び出したのはお財布と化粧ポーチ、そして、読み掛けの一冊の本。
「―――― “ ありがとうございます。下條さんに褒めてもらったら、今日のご飯がもっと美味しく食べれる気がします ” ……って、嘘のない、花が咲いたような笑顔で言ったんだ」
「そしたら、嫌味半分で声をかけた自分が、心の底から恥ずかしくなった」……そう、続けて言った下條さんは当時を思い出したのか苦笑いを零して。
そんな下條さんを前に、私は目を見開いて固まるしかなかった。
「もうね、プレッシャーに負けて年下の可愛い女の子に八つ当たりとか、黒歴史だろ?ホント情けない奴だし、恥ずかしくて本当は言えた話じゃない」
「そんな、こと……」
「だけど、そのお陰で俺には新たな夢ができたんだ。あの時の、杏の言葉と笑顔を見て……、俺はいつか、世の中に女性の笑顔を増やせるような、そんな仕事がしたいって。いつか……心も身体も綺麗になる、美味しいものを食べて幸せになれる場所を、作りたい……って、思ったんだ」
「っ、」
「だから、杏はあの頃から俺の救世主。
俺の――――たった一人の、VENUS(女神)」



