焦れ甘な恋が始まりました

 


「っ、」



突然、名前を呼ばれて。

声がした方へと弾けるように振り向けば、そこには――――思いもよらない人の姿があって思わず目を見開いて固まった。


ああ、私……本当に、どこか変な場所へと迷い込んでしまったのかもしれない。


目の前に、いるはずのない人の姿が見えるなんて、どうかしてる。



「っ、杏、」

「下條……さん、」



だけど、お互いの存在を確かめるように名前を呼び合えば、それだけで痛いくらいに心臓が高鳴って……これが、現実なのだと教えてくれた。


視線の先にいる下條さんは、いつもキッチリと着こなしているスーツも、上品にセットされている髪も乱れていて。


それだけではなく、呼吸も……酷く、乱れてる。


いつだって余裕たっぷりに笑う彼の姿は今、どこにもない。


そんな様子のまま、しばらく声もなく呼吸を整えていた下條さんは、不意に視線を上げると真っ直ぐに私の元まで歩いてきた。