「……あの、社長」
「実は今日、立石の娘さんの誕生日で。だから、立石には定時で上がるように言ってあったんだ」
私は、これで失礼します、と。
静けさに包まれたこの空間に耐えられず、早々に逃げるための言葉を口にしようとすれば、重ねるように投げられた言葉にその機会を奪われた。
「……そう、なんですか」
「本当は、立石も日下部さんが来るまでいると言ってたんだけど。ただファイルを受け取るだけだし、その必要はないからって帰したんだ」
「っ、」
……日下部さん。
当たり前のように紡がれた名前に、不謹慎にも痛む胸。
陽と向き合っていた時は、私のことを“杏さん”だなんて下の名前で呼んでいたくせに。
結局、私と社長の距離は、本質では何も変わっていないのだと思い知らされる。



