「……何安心してんだよ。ただじゃ、おかねーぞ」
「暴力? 最低ね。やっぱり嫌い」
「ちょっと、礼子、言い過ぎ」
「いやいや、もっと言って礼子ちゃん」

義美さんが応援してくれるので百人力。

「てめー、調子乗ってんじゃねーよ」
「頭悪い台詞。脅しには負けないから」

売り言葉に買い言葉。
雰囲気は最悪だけど、義美さんが楽しそうなので続けよう。
……と、思った矢先、「ドロボー」の声が響いた。
声の方を見ると、一人の男が走って角を曲がったところだった。
地面を蹴り上げる。
これでも陸上部エースですから。
風を受けている私の隣に誰かが並んだ。

「真似すんのやめてくれる?」
「お前ごときが追いつけると思ってるんなら笑えるな」
「あんたこそ何でも自分の思い通りになると思ってるなんてちゃんちゃらおかしいわ」
「口の減らねぇ女だな」
「そっちこそ」

角を曲がり、男の背中を捉えた。
足に力を入れる。
隣の俺様は邪魔だから、すねを蹴ってやった。
呻き声が聞こえたけど、無視無視。
一気に俺様をつき離し、男の持っていたバッグを掴んだ。

「返しなさいよ!」

グッと引っ張ってみてもビクともしない。
それどころか男はにやぁと嫌らしく笑って、拳を振り上げた。
良く見極めて避けようとしていたのに、思ったよりもスピードが速くて鈍い衝撃が頬を襲う。
バランスを崩し、コンクリートに倒れ込む。
でも、バッグは離すものか!
再び拳が持ち上がる。

「……っ、」

今度は衝撃に備えて目を瞑るしかなかった。
……あれ。
痛みは来ない。
それどころかバッグがやけに軽くなっている。
恐る恐る目を開けると、長い足。
倒れている男。
長い足が振り返った。
骨ばった手が差しだされる。

「大丈夫か?」

ああ、俺様だ。

「だっ、っ……」

口の中が痛い。
上手く喋ることができない。
殴られた時に口内を切ってしまったようだ。

「馬鹿かお前は! 女が男に勝てると思ってたのかよ」

関係ない。
男だろうが女だろうが悪い人間を見たら誰だって追いかけなきゃ、捕まえなきゃ、って思うでしょ。
言いたいことはいっぱいあるのに口が痛くて何も言えない。

「ったく、まあ無事みたいだしいいことにするか。俺がいてよかったな」

ほんっっと偉そう!
俺様なんて大っ嫌い!
でも、助けられたのは事実だし、触りたくないけどその手掴んで立ってあげるわよ。

「ありがと」

私だってお礼ぐらい言えるんだから。
そんな驚かないでよ。




 身体から溢れ出る無駄な自信、それを裏付ける実力。
 (少しだけ認めますよ)