一め惚れ

脳内で春の訪れを感じているあたしを置いて、車内アナウンスが先輩との時間の終わりを告げる。

「まもなく、西本町~」

「次の駅か。今日は、たのしかったよ」

「は、はい!あたしもです!」


眩しい笑顔に目をやられないよう、少しそらして応える。

実感したら余計に直視できなくなってきた。


「それじゃあ、次からは寝ないでね」


先輩はそう言って、あたしとは別の改札の方へ行ってしまった。

「頑張ります!!」

先輩を見るためだ、眠ったりなんてしない。


こうして少しずつ日常が変化していったりするのかな…。

なんだか、いつもはつまらない帰り道が、先輩のおかげでキラキラしている。


風に乗って香る梅の匂いにも、春の訪れを感じる。


鼻唄混じりに家に帰ると、母親の書き置きを見つける。


『晩御飯はハンバーグにします。ひき肉特売だから買ってきて』


いつもならそんな煩わしいおつかいの伝言にも、今日は嬉々として出掛けられる。

鼻唄を続けながら時々口笛を吹いたりなんかして、あたしは家から少し離れたスーパーに自転車を向かわせた。

家から少し遠くても、豊富な品揃えと安さに毎日通いたくなるスーパーななつぼし。

あたしは早速お肉コーナーに向かう途中で、見覚えのある背中を見つけた。


おつかいのことが頭から綺麗さっぱり消え去って、その背中目指して駆ける。


「せーんぱいっ」


驚いた顔で振り返ったのは、さっき別れたばっかりの夏木先輩だった。

「…あ、ああ。ねむ…結城さんか」


今、眠り姫(恥)とか言おうとしてた。


「奇遇ですね!おばあさんのお家はこの辺りなんですか?」

「ん?…うん」

「…?」


なんだか煮え切らない態度の先輩に首をかしげる。


あたしはじっと黙って先輩の言葉を待ち続ける。


「…実は、親が今日仕事で帰ってこないんだけど鍵を忘れて…代わりに祖母の家にって思ったら、祖母も町内会の旅行だったみたいでさー。あはは、どうしよう」


先輩のそんな話を聞きながら、あたしは頭の中で今日一日で
爽やかな優しい先輩、
少し怖いけど自分の思いを正直に伝える先輩、
困り果てて頼りなさげな先輩、
…色んな先輩を見られたことに恍惚に似た悦びを感じていた。

困っている先輩を、助けなければ。

このときあたしは、神様はあたしの味方だと確信した。

「先輩、なら…あたしの家に、来ませんかっ?」

なんて大胆なことも言えちゃうくらいに。