…だからなのであろうか。
僕は左の方向から女性らしき人が
近づいてきていることに
気がつかずにいた。
だが、一目その姿を見て、誰なのか
気がつくのに、それほど時間は
要し得なかった。

髪はブラウンに変わってしまったが、
見るからにふわっと何か香りが
漂ってきそうな綺麗なセミロングヘア。
相変わらずフランス人形の眼をそのまま
移植でもしたのかと思うくらい
ぱっちりとした目。
口紅をしていっそう色気が増したかと
思うくらいふっくらとした唇。

〝あの頃〟よりも色々と大人びて
変わってしまったが、それでも
わからないはずがなかった。

それほどまでに僕にとって
圧倒的存在であり、
唯一、彼女ならば〝愛する〟ことも
できると思える程の
女性だったのだからー…。


「天、原…瑞…稀…?」

その女性は、まるで僕を試すかのように
妖艶な笑みで、


「久しぶりだね、成宮くん。」

と答える。

あれほど邪魔でしかなかった雑音が
全て消え去ってしまうほど、
澄みきっている声のように聞こえた。