Place -ヴァイセのオルゴール-

「ユーシャさん。どうしてリンさんに何も話さないのですか?」
「えっ。」
「前から気になってました。リンさんのためにもリンさんが今、どういう状況に置かれているのか知るのは大切なことだと思うので、言ってあげた方がいいのではないのですか?」
「………。」

 ユーシャは黙りこんでしまった。

「…ユーシャくんはさ、この世界のことをちゃんと知ってるんだよね。」
「うん。もちろん。」



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(ユーシャ視点で話していきます)

 この世界は、生と死をさまようような人間がくるところ。死の直前の世界とでも言うべきだろう。そんなこと信じない人もいると思うが、実際に存在している。ここは人間が創りだした世界なのだから。しかも創りだしたのは、俺の父親と一部の科学者たちである。

 俺の父親の仕事は大きな病院の医師、母親は俺が幼い頃に亡くなってしまった。だから、父親が1人で俺を育ててくれた。男が1人で子供を育てるのは大変だったのだろう。まだ若かった父の後頭部にちらほらと白髪が混じっていたのを覚えている。幼かった俺は、医療と育児に振り回されている父親を見てかわいそうだと思ったんだ。だから……。
「お父さん、僕に手伝えること、ない?」
 これが、この世界の始まりの原因だ。この時、俺はまだ5歳だった。

 俺は生まれつき、髪が琥珀色だった。父親も母親も外国人というわけでもなく、原因不明のまま、俺は成長していった。家に帰っても誰もいない。だから、父親がよく病院に連れて来てくれた。病院に遊びに行く度に、
「あら、君、綺麗な髪してるのね。」
 と、よく言われたものだ。それを父親は利用して、俺を売った。

「じゃあ、お前の髪、売らないか?」
「えっ?」
 肩をガシッと掴まれる。大人の力は強く、俺はただ父親の目を見ることしかできなかった。
「いいか、今日からお前は髪を切っちゃダメだ。切るのは俺がいいと言った時だけにしなさい。幼稚園に行って、からかわれるのが嫌なら行かなくてもいい。だから、髪を綺麗に長く伸ばすんだ。きっと高く売れる。……いいな。」
「……はい。」
 初めて父親に恐怖という感情が芽生えた瞬間だった。怒りと苛立ちと金に目がくらむ父親の顔が幼かった俺を、いつもの父親ではないと認識させた。病院内は防音性の部屋がたくさんある。今いるこの病院内の一室も防音になっている。俺のこころの叫びも父親の声も誰の耳にも届かない。
(…だれか、たすけて。こわい……。)

 それから2年ほど経って、俺の髪が腰の辺りまで伸びた頃、父親がハサミを握りしめて近寄ってきた。
「ほら、髪切るぞ。」
 そう言われて、俺はあの時の怒り、苛立ち、そして金に目がくらむ父親の顔を思い出してしまって、父親を強く拒絶した。
「…ゃだ。嫌だ!」
「クッ。大人しくしてろ!」
 泣きわめく声、チョキンッと響くハサミの音が部屋中に響いた。

 髪は予想通り高値で売ることができた。
「お前はいい子だな。これからもがんばって髪伸ばそうな。」
「……。」
 この頃の俺の心はすでに恐怖で満たされていた。もちろんこの時、父親には何も言い返せなかった。

 小学校に行くはずの年になっても俺は学校に通うことができなかった。外から鍵をかけることができる集中治療室というところで俺は鳥かごの鳥になっていた。集中治療室はベランダにつながっている小さな窓が1つとパソコンが1台、台の上にのっているだけの殺風景な部屋だ。ベランダから逃げ出そうかと何度か考えたことがあったが、窓の位置が高く、上がれそうにないから諦めた。そんな高く小さな窓からたまに聞こえてくる声を聞くのがちょっとした楽しみだった。
「見てみて、ママ!虹だよ!」
「ほんと。綺麗ね。」
「あっ、ホントだ。虹が見える。笑」
 こんな感じで、毎日ベランダに耳を傾けていた。

 ある日、いつものようにベランダに耳を傾けていると足音が聞こえた。
(誰か、歩いてきた。)
 足音がだんだん近づいてきて、ふと音が消えた。
(立ち止まったのかな…?)
「初めまして!」
「!!?」
「今日からこのびょ…えーっと、、、。ここにお泊りします!よろしくねー!!」
「……あっ。あの……」
「こら!ここで何やってるの!?」
「あっ!お母さん。」
「ここでは大きい声出しちゃダメ。それにここは''びょういん''でしょ。ちゃんと覚えなさい。」
「はぁーい。」
 足音がどんどん遠くなる。女の子とその子の母親と思われる2人は去っていった。
(病院のこと、間違って言ってた。((クスッ)
 思わず笑いがこぼれる。久しぶりに笑った気がする。今まで恐怖で満たされていた心が少し解けたようだった。病院のことを間違って言ってたことがおもしろくて笑ったのだが、それよりも姿の見えないはずの自分に声をかけてくれたことがとてもうれしかった。
「さっきの女の子、名前、何ていうんだろうなぁ。」
(次、あの子が話しかけてくれたら、お話してみよう。(^^♪ )

 これが、ある少女との出会い。