「それじゃあ」
「うん」
「さよなら、螢くん」

席を立ち、僕にそう告げた彼女は振り返らない。いつもと変わらない彼女。
唯一つ違うのは、別れの挨拶が「またね」ではないことだった。

すらりとした彼女の細い背中が遠ざかるのを見送りながら、すっかり冷たくなったコーヒーの残りを煽る。
窓の外を見やると、スクランブル交差点の点滅した歩行者信号の前を、彼女が通り過ぎてゆく。
誰にも聞こえない声で、僕は最後のほんとうの言葉を告げた。願わくば、彼女にはこれが聞こえませんように。



「さよなら、ほたる」