「そうよ。ケイくんの性格からいって、知らなかったなんてないと思ってた」
「そうじゃない。あの時もう君は」続けようとして、舌が回らなくなるような感覚に陥る。
駄目だ。口に出してはいけない。言ったところでどうなるわけでもない。もう、戻れないのだ。
「……うん。もう先のことは決まってた」
「先のことって」話が一足飛びに飛んでいく。処理落ちしそうな僕を置いたまま、彼女は続けた。
「アメリカに行くの。婚約者と」

婚約者。無論、僕ではない。だいいち、まだ僕は彼女にプロポーズをしていなかった。
彼女の口ぶりからすると、その婚約者との付き合いが長くて、そちらが本命で、つまるところ僕の方が遊びだったのだ、ということが察せられた。
肝心なことはいつだって伏せて話す彼女らしい結末だ、と思えたことがやけに滑稽だった。

「ごめんね」
「今さら謝られても。こういう時どんな顔をすればいいのか、僕には分からない」

わざとおどけてそう言うと、彼女はいつも通りの口調で「ケイくんらしいわ」と笑った。

「そういう率直なところが、曇りがなくて好きだったわ」
「僕が本当の気持ちを隠したのは一度や二度じゃ済まないけどね」
「うん。知ってた。本当のところまでは読めなかったけど、何か口に出さずにいることくらいは」

そうして互いに苦笑すると、彼女はおもむろに左手で前髪を整えた。来た時には手袋をしていて、コーヒーが来るのを待っている間はテーブルの下にあったその薬指には、華奢だが細い指によく似合う指輪がはめられていた。
僕の見たことのないものだったそれを、僕は他人事のように眺めていた。