最初に何か噛み合わないな、と感じたのは、それよりも前の夏休みのことだ。奇跡的に彼女が連休を取れたので、泊りがけでどこかに行こうという話になった。彼女のことだから大型テーマパークに行きたいと言い出すかと思っていたら、温泉に行きたい、と即答された。
「人の多いところにいるの、最近疲れるのよ。自然の多いところがいい」という彼女の言に従って、僕は車で3時間ほどで行ける山あいの温泉街の老舗旅館を予約した。渓流がすぐそばにあって、露天風呂からの眺めがよいと評判のところだった。
旅行の前日のシフトが遅番だったせいで、旅館へ向かう車中の彼女は疲れてずっと眠っていた。それまでは、僕に気を遣ってかスケジュールの合間を縫って会える嬉しさからか、ほとんど絶えず他愛ない話をし続けるような子だったから、やっと気を許してもらえたのか、という安堵の気持ちの方が勝っていた。
夕飯の膳を食べ終え、部屋に着いている露天風呂に入ろうと支度をしていると、彼女が僕を呼んだ。

「ねぇケイくん、来て」
「何?」
「見て、ホタルだよ」
「え?あ、ほんとだ」

露天からほんの少し離れた川岸に、ちらほらと柔らかな光が舞っていた。一応この旅館でホタルが見られる時がある、というのは調べたときに知ってはいたのだが、旅館側がそれほど喧伝しておらず、口コミの域を出ていなかったので、大して期待はしていなかったのだ。