「……………」
「……………」

帰りは馬車での移動だった。生まれて初めて乗ったはずなのに、そんな感じが一切しない。

国王陛下への謁見が終わった後、エステルは怒りを通り越して無表情であった。そして無言であった。
私が「ご、ごめんね。」とか、「あ、そういえばこれ知ってる〜?」とか言って雑学を披露しても、エステルはずっと無言であった。仕方が無いので、「布団が吹っ飛んだ!」と言ってみた。元々凍った空気が更に凍ったような気がした。

馬車がある家の前で止まった。どうやら、ここが『ユーリ』の家らしい。

「…足元にお気を付け下さい。」
「ええ。」

ずっとダンマリだったエステルが遂に口を開いた。馬車を降りる時にはそう声をかけるのが決まりなのか、はたまた家の前に怒りのオーラを発している金髪の女性がいるからか。…おそらく、後者でしょうね。声を出さないと耐えられないくらいの威圧感がある。その迫力はまるでゴジラ…いや、何でもないです。

「ユーリ、お帰りなさい。」

金髪の女性は美しかった。整った顔立ち、良く手入れされているのが分かる髪、シンプルなドレスがその容姿を引き立てていた。

「…ユーリお嬢様のお母様、ネル様にございます。よもやお忘れになっているとは思いませんが、念のため…。」
「も、勿論よ、自分の母親を忘れる訳がないでしょ!?」

後ろから小声でエステルが教えてくれた。ありがとう、エステル。勿論、こんな女性は知らないけど、自分の母親を知らないなんて言えば困った事になるのは間違いないしね。

「た、ただ今戻りました。」

私、この人の事をなんと呼んでいたのだろうか…。私はお嬢様、つまり、お貴族様らしいし、お母さんなんて呼び方ではないんだろうな…。
自分でもちょっと挙動不審なのがわかる。私の母らしき女性は、ちょっと眉をひそめた後、再び無表情に戻った。怖っ、
機械みたい。この人マジで生きてる?

「…今日の事で、お父様が話があるそうです。もう、耳に入ってますよ。王宮での貴方の行動について。」
「へー…あ、いや、そうなのですね…。」

ちょっとでもしおらしくしていないとね。
反省していますオーラは、説教を短くしてくれます。有難いですね。背後から冷たい視線が突き刺さってきますが、そんなものは無視ですね。

「…お父様は、書斎にいらっしゃいます。早く行くように。」

それだけ言って家の中に入ろうとした女性が…いや、母は、思い出した様にこちらを振り返った。

「ああ、そうそう。その後、私の所にも来てね。」

美しく微笑んでいるが、怒りのオーラは消えていない。拒否権は無いらしい。

「わ、分かりました。」

慌てて頷いて了承すると、母は満足そうにひとつ頷いて家の中に入っていった。反省していますオーラは通じなかったようだ。

「…エステル、」
「書斎はこちらでございます。」

何も言ってないのに…。いや、言おうとしたことはそれで合ってるけど。

「…私の父は、エステルから見て、どんな人?」

私の前に立って先導していたエステルが、ちらりとこちらを見た。

ふっふっふ…あくまで、『あなたから見た』人柄というスタンスをとることで、どういう人物か情報を易々と得ることが出来るのだ。素晴らしい、素晴らしいですな!

「…貴族としては、とても優秀な方です。領地を守り、民を守ることに長けております。効率を重視し、敵対した者は完膚なきまでに叩きのめされるとか。また、そうするために使えるものは何でも使う…そう伺っております。」

何それ、冷血漢じゃん。そんな人が父親なの…?『ユーリ』、可哀想な子。あさかの父親は、静かで穏やかな人だったから…いや、尻に敷かれていた訳では無いから!

「じゃあ、父親としては?」
「…それは、私は存じ上げません。なにせ、今日いきなりお嬢様の教育係に配属されましたもので。先程申し上げました事も、全て噂に過ぎませんから…。」
「うっ…それもそうね。」

流石に甘すぎかな。娘にデレデレな人だったら、その隙をついて許してもらおうかなー、なんて。

「では、母の方はどう?」
「奥様、でございますか…。」

しばし考える様子のエステルだったが、やがて薄く微笑んでこちらを振り返った。

「あの方は、私の恩人でございます。…この屋敷で雇っていただけたのも、奥様の推薦があったからこそ。感謝しても、しきれない…。」
「へー、そうなのね。母は、優しい人なのね。」
「…それだけに、その子である貴方が、とんだ我侭娘だという噂を知ったときには、すごく腹が立ちました。」
「そ、それは、どうも…。」

私には何とも言えない…。しかし、エステルには他に、母に恩義を感じる理由があるのではないかと思う。だって、我侭娘だという噂を知ったときって言ってたし。きっと、今より前に何かあったんだ。それだけではなく、母に対する強い感情のようなものが感じられて。
私、結構勘は鋭いんだ。…はっ、まさか。

「うちの母に恋愛感情を…。」
「違うわアホ。」

あ、違った。エステルがまたドSになってしまった。さっきまでSとMの中間どころにいたのに。

「さ、着きましたよ。さっさと説教されて下さいね。全く、近くで見ていてどれだけヒヤヒヤしたことか…。」
「申し訳ない…。」

それに関しては謝るほかない。でも、良くやった方だと思わない?記憶が無かったにしてはさ。

ドアをノックすると、短く「入れ」と返ってきた。さ、叱られるとしますかね…。