彼女を閉じ込めた





耳傍近く囁かれたそれは、思わぬ提案だった。
何をしてもって何するの?
何でも言うこと聞いてくれるって本当に?


思わず横目に彼を見遣って、けれどやっぱり近過ぎるから、すぐに視線を伏してしまった。
顔が熱い。多分、私史上、今世紀最大に頬が燃えている。大炎上だ。


何をするつもりか知らないけれど、交換条件が魅力的すぎた。
こんなイケメンに、何でも一つ命令権!
答えは決まっている。条件反射だ。



「やります!」



秒で即答したせいか、彼は一瞬面食らったようだった。
仕舞った。がっつき過ぎた。
私に覆い被さるような広い肩が、漣めいて小さく揺れた。
どうやら笑われているらしい。



「じゃあお前が負けたら俺の言う事聞けよ。
 んで、取引成立な。声上げんなよ」



声上げるような事されるんだろうか。
胸の奥で心臓が跳ねる。我ながら跳ね過ぎ。私の心臓はウサギかノミか。口から出てこないでね。
アホな祈りを捧げた次の瞬間、


彼によって晒された耳に、柔らかくて温かいものが触れた。


それが彼の唇だと認識したら、ぶっ倒れそうになった。
耳の丸みを啄むその唇は優しくてくすぐったくて、お腹の辺りがうずうずする。


彼の胸板へと縋らせたままの手を、きゅっと握り締めた。
こんな人混みの中で、耳にキスされてるんだ。


横の座席には仕切り板があるし、彼の身体が陰を作ってくれて、多分静かにしていればこんな接近ぐらい周りの誰も気に留めない。
気付く誰かがいたとしても、高校生のバカップルがいちゃいちゃしてるだけだと見過ごされるだろう。


それが分かっていても、当の私にはこれだけでも大事件なのだ。



「なぁ。お前、名前は?」


「え、…え、…?」


「名前」


「あ、名前、えーと、…ヤマダハナコです!」


「……」



ハナコって誰だ。恥ずかしくて動揺しすぎてつい。
耳傍にふっと吐息が触れる。彼が吹き出したんだ。また笑われてしまった。
予期せぬ状況における対処スキルの低すぎる。私のバカ。




「…ハナコ」


「!」



たった一言。耳傍で低く紡がれた名前は。
どうして本名を言わなかったのかと後悔するぐらい甘く響いた。