彼女を閉じ込めた





ヤマダハナコなんてどう考えても嘘くさい名前は、やっぱり出まかせだったんじゃねぇか。


本名聞かせろってストレートに命令しても良かったが、教えたくないと思われてたら、いくら俺でも切ないからな。
彼女の意思で教えて欲しかったんだ。持って回った聞き方が成功したから、俺はすこぶる上機嫌になる。



「デートはどこに行きたい? 千春の好きなとこに付き合うぜ」



電車がホームに滑り込んでいく。彼女はこの駅で降りるはずだから、名残惜しくて少しだけ焦って聞いた。
眉根を寄せて真剣に考え込む彼女の顔は、何だか幼く見えて微笑ましい。



「えと、映画とか水族館とか。でも定番は、遊園地ですかね」



無難な選択だ。彼女と一緒に過ごせるなら、別に何処だって構わねぇけど。
やっぱり遊園地辺りかな。考えながら、スマホを取り出す。
今の内にライン交換しておこう。彼女にも出させて、交換終了。


ゆっくりと電車が停まる。ガ、タン、と大きく揺れたが、彼女は今やしっかりと俺の制服を握ってくれていて、よろける事は無かった。
開くドアは、今度はこちら側。俺は自然に彼女を抱き寄せ、後ろに引っ繰り返らないようにする。



「じゃあ遊園地でいいか」



ずっと腕の間に閉じ込めていた彼女を、解放する時間だ。
開いたドアから一番に、今度は彼女を優しくホームに押し出してやった。



「ハイ、遊園地で!」



降りる人波に流されそうになりながら、彼女が元気よく答えてくれる。
ああ、その笑顔は、今俺に向けてくれてるんだな。
今までは遠目に見ているだけだったから、かなり感動する。


彼女が喜んでくれるなら、何でもできそうな気になる。
また笑ってくれるように、俺は彼女に何をしてやれるだろう。
そうだ、まずは手始めに。



「「美味しいお弁当、」」


「作っていきますから」


「作ってってやるよ」



また何か台詞がかぶったんだが。
彼女がえ?と問う顔になった時、俺は乗り込む人波に流されて、車両の奥に引っ込まざるを得なくなった。


最後の最後で決まらない。何なんだこのカッコ悪さは!
とりあえず弁当がダブらないよう、相談する必要がある事だけは分かった。


まあ今日の所は、これで良しとするか。







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