彼女を閉じ込めた





「大体こんなとこで痴漢なんかしねえっつうの。
 俺、悪ぃけどそんなに女に飢えてねぇし」



そうだよね。こんな電車の中で女子高生のスカートの中に手を突っ込むなんて有り得ないよね。
彼はただ、私のポケットに飴玉を入れてくれただけ。


私がどぎまぎしてたのは、自意識過剰だったのか。安心したような、がっかりしたような。…がっかり?ナイナイナイ!慌てて首を横に振る私を不思議そうに見ながら、それでもやっぱり彼は容赦なかった。



「お前が先に降参したから、賭けは俺の勝ちな」


「!!」



そうでした。そんな賭け、してました。
上機嫌な彼の様子からして、紛らわしい触り方をしたのは確信犯に違いない。
耳へのキスがあんまりぞくぞくしたから、すっかりいやらしい事をされると思い込んでしまった!
ああ、この人の事が少し分かった。意地悪だ。



「何でも一つ、俺の言うこと聞くんだよな」


「う。…お手柔らかにお願いします」


「じゃあ鼻からナポリタン食え」


「私そういう芸風じゃありません」


「仕方ねぇなあ」



車窓の景色を眺めながら考え込む彼を戦々恐々と見上げた。
黙ってるとカッコいいのにな。また溜息が出てしまう。


その形の良い唇で、千春って呼んで欲しかった。
私が勝ってたら、そうお願いしたのに。
私の名前は、ヤマダハナコじゃないのに。でも今更言えないよ。


ゆっくりと電車の速度が落ち始めた。次の駅に到着するアナウンスが流れる。
私は彼より先に、次の駅で降りなくちゃいけない。
彼の腕に囲われて守ってもらう時間は、もうすぐ終わり。



「決めた」



彼も気付いたのか、不意に言われて私は瞬いた。
彼が私にさせたい事って何だろう。息を呑んで彼の唇を見詰め、宣告を待った。



「もしお前が勝ってたら俺にさせたかった事を、今聞かせろ」


「千春!」



また秒で答えたものだから、また彼が面食らった顔をする。
でも言わなくちゃ。私はハナコなんかじゃないって。
あなたに呼んで欲しい名前は、違うんだって。



「桜沢千春。千春って呼んでください」



彼は一瞬呆けてから、やがてとても嬉しそうに笑ってくれた。
のっぽを屈めて、また私の耳元に唇を寄せてくれる。



「分かった、千春。俺は氷室拓海。なぁ、今度の日曜、デートしよう」



それは二つ目の命令だから、私に聞く義務はないけれど。
彼の名前を知った嬉しさと、その声が正しい名を呼んでくれる甘い響きに、心臓が跳ね上がったから。
気付くと私は、「ハイ!」と元気よくお返事してしまっていた。