彼女を閉じ込めた





彼の唇が、私の耳に触れて嘘の名を綴る。
どーしてハナコなんて名乗った私!


その声で、千春って呼ばれたかったのに。
心で地団駄を踏む間にも、触れた柔さが肌を滑り、首筋に流れる。
触れるか触れないかの危うさで移動する唇は、次は何処にキスするんだろう。


身構えた私を飛び上がらせたのは、…太腿辺りの感触だ。そっち!?
さわ、さわ、とプリーツスカートの布地を辿る指の感触。


気付いたら、いつの間にか彼の片手は下ろされている。
つまりこの感触は、彼が触れてるんだ。



「あ、の、……」


「ん? 降参か? 早ぇな」


「違います! …けど、……けど」



口籠った私を、彼が横目に見遣って薄く笑む。そうしてる間も、抜け目なく指が太腿に触れて動いてる。
腰の横のラインを探り、膝より少し短い丈のスカートが、触れる指の動きにつれて布地を揺らす。


いや、何かごそごそしてるしくすぐったいし、段々裾がたくし上げられていってるような。
まさかぱんつが見えるまでめくられちゃうんじゃ…!
手とか入れられたらどうしよう。


いくら相手が憧れのイケメンでも、電車の中でこれはやり過ぎだよね! こんな触り方、もはや痴漢だもん!
庇ってもらった恩はあるけど、もう限界だ。


私は慌てて彼の胸に触れていた手で、彼をぐい、と押し遣った。
恥ずかしすぎて死にそうで、眸の端に涙が滲む。



「もう無理…! 電車の中でこれ以上は駄目です!」



私が宣言すると共に、スカートに触れていた手が離れた。
ほっと胸を撫で下ろした私の上から、頭を上げたらしい彼の声が降ってくる。



「お前、今俺のこと、この痴漢、とか何とか思ってるだろ」



下ろしていた手をドアの定位置に戻した彼は、何だか面白そうに告げた。
でも今の触り方はどう考えても痴漢っぽかったし!
そう言いたげに彼を睨み上げると、口許に笑みの気配を漂わせて彼が言う。



「スカートのポケット、探ってみ」


「はい?」



訳が分からない。私は言われるまま、スカートのポケットに手を突っ込んだ。
探ったって、こんな所にはハンカチぐらいしか入れないし。あ、でも他にも何か入ってる。
ポケットの中で見付けたものを、引っ張り出してみた。



「あ」


「見付けたか? ただおやつをお裾分けしただけだよ、ハナコちゃん」



見上げた彼は、まるで悪戯に成功した少年のように笑う。
私の手の中には、苺味の飴玉の小袋が握られていた。