『Lesson1:五感に訴えろ』
バーのカウンターの壁にかかっている小さなチョークボードに、さらさらっと柏葉さんが書いた。
カウンターの中に立って教鞭をとる柏葉さんは、本当に先生みたいだ。
カウンター席に座ってノートを取るわたしが、唯一の生徒。
「はい、敷島さん。五感って何でしょう? 言ってみて」
当てられて背筋がぴしっと伸びた。
「ハイっ、ええっと……視覚、聴覚、触覚?……嗅覚、味覚?」
疑問形になりながらも五つ答えると、
「正解。よく出来ました」
と言って、柏葉さんはにっこりと微笑んだ。
「アタシあの人、生理的にムリーってのはさ、五感が不愉快なわけ。『生理的に』っていう感覚は、好き嫌いを左右する基盤なんだよね。で、この五感のなかで、最も簡単に間違いなく好印象を与えられるのって、どれだと思う?」
柏葉さんのレッスンは質疑応答形式だ。
一方的に聴くだけの講義かと思っていたら、次々と質問が飛んでくるから、ぼけっとしてられない。
「ええっとー……視覚、ですか?」
「そうだね、見た目は大事だよね。でも『最も簡単に、間違いなく』好印象を与えられるのは、嗅覚だよ。あっ、いい匂いって思わせればいいんだから。匂いって、かなり重要なんだよね。どんなにイケメンでも美女でも、臭いと嫌がられる。逆に、いい匂いが漂ってるだけで、どんな人間も印象が良くなる」

