首から提げてるネームプレートに【笹原】の二文字が見えて、ああ、この人が、と思った。
浅く頭を下げた相手に倣って、あたしも一礼する。


「こんにちは…」


たった今、笹原先生が出てきた事務室をちらりと覗くと、中には誰も居なかった。
この時間にはいつも、窓際に立ってコーヒーを飲んでいるはずなのに。

首を傾げて踵を返したとき、「……、」背後にまだ、笹原先生が居たことに気付いて、あたしは軽く驚いた。


「……」


お互いに口を開かない時間が、心ばかり流れた後。


「柏村先生なら、まだ授業中。小学生たち、なかなか帰らないカラ」
「あ、そうですか…」


振り返り、歩き出したかと思ったら、「ご自由に。」事務室の中のコーヒーメーカーを指差した。


「…ありがとうございます」


ここは、先生のお父さんが経営している学習塾。
高校を辞める前に話してくれた“小さな”という表現は、謙遜であることが判明した。実際は、町で有名な進学塾。

先生が言うには、高校生担当の笹原先生が、学生に一番人気があるのだとか。