「――柏村先生!」
頭で考えるよりも先に、声が勝手に先生を呼ぶ。
大声に、誰よりも驚いたのは隣にいた芽衣ちゃんだと思う。あたしと、足を止めた先生に、交互に目をやった。
「…なんだよ」
振り向いた先生は、煩わしそうに目を細めた。
そして心底鬱陶しそうに、「なんか用か?」ため息混じりの声で言い放つ。
忙しなく人が入れ替わる廊下で、あたしが呼吸する空間だけが一瞬、時を止めたようだった。
「……い、いえ…」
ね、
先生――?
難解な数学の公式を理解するよりも、先生の気持ちの方を知る方が今は、何倍も、何十倍も難しいです。
先生を、ただ好きな人の背中を。
呼び止めるのが、こんなに難しいなんて、知らなかったです。
「つばさ…?」
胸の奥がキンとする。
芽衣ちゃんの声が聞こえたときには、目の前から、先生の姿は消えていた。
人混みに紛れて、もう見えない。
「どうしたの?やっぱりどっか痛いの?」
「…っ」
違うよ、芽衣ちゃん。
小刻みに首を振ると、窓の外に桜の木が見えた。

